『茶匠と探偵』というSFをこないだ読みました。積み本の話はほっといてください。
これはリリシズムというか、叙情的なSFです。とりあえず、自分の中にハードSFマニアと本格推理小説マニアがいたら、ドラム缶に詰め込んでマリアナ海溝に放り込んでください。でないと楽しめません。
恒星間飛行がある世界観なのに、下足痕も調べないし、指紋は拭けば消えます。鑑識の六角さんとか科捜研のマリコの話は忘れましょう。あとアン・マキャフリィの『歌う船』も知らんことにしといてください。
そしたら、楽しい読書体験ができると思います。
『茶匠と探偵』は、連作短編集です。舞台は恒星間飛行が当たり前になった遙かかなたの未来。
中国から独立した国と、ベトナム、そしてメキシコとアメリカの後継国が出てきます。
なにせ始めから、メキシコ人の容姿をしたヒロインが中国の漢服を着ています。彼女はかつてメキシコの後継国の出身でしたが、滅ぼされ、中国から独立した国の官吏になっています。
この段階からエキゾティシズムが湧き出てきます。作者はフランス人とベトナム人の間に生まれ、その体験を充分活かして小説に組み込んでいます。
文からは繰り返しベトナムの食事や、中国の香りや家族主義、そしてメキシコの翡翠色が脳裏に浮かんできます。
敗戦国となり奪われた人たちと、女性としてのアイデンティティに悩む人たちの物語です。
とくにわたしが注目した点は、敗戦国となった人たちの視線です。日本という国に生まれて育つと、征服者である他国から文化やジェンダーを強いられません。
辛うじてアメリカには占領されましたが、そこからナポリタンを生み出し、ピザを好み、クリスマスにケンタッキーを買い、自分たちの生活と見事になじませてしまいました。
この小説に出てくる人たちは違います。自分の文化的アイデンティティは、常に脅かされています。繰り返し強調されるパクチーや発酵調味料は、否定されるものであり、自分の帰る場所として描かれています。
わたしは読みながら、自分ではこういう体験はまずできないだろうと感じました。
日本人であれば、流れ込んでくる他国の文化を自分たちのそれと混ぜ、なじませてしまいます。最近はハロウィンで提灯をつるし、町によっては盆踊りをします。
支配され、奪われる苦しみを知らないからです。
例外として沖縄がありますが、わたしには沖縄にルーツはありません。
それが、おそらく世界のほとんどの国とかけ離れていることを、幸運と思います。
『茶匠と探偵』アリエット・ド・ボダール