池波正太郎先生のエッセイ読んでたら、こんな一説が出てきた。
プロの物書きなる者が、おのれの仕事を修羅場といったり、原稿の一字一句を血のにじむおもいで埋めているなどといったら、心ある人びとの失笑を買うばかりだ。
さらに追加。
修羅場もヘチマもない。書くものがないのだ。才能が枯れてしまったのだ。頭がカラッポなのだ。
先生破壊力高すぎです。
続いて、後に続く編集者の苦労も考えずに…とか言っている。
いやもう平伏するしかない。
そりゃ鬼平と必殺仕事人の作者である。没後30年未だ本屋の棚に書籍途絶えることは無し、これに文句もぐうの音も出るまい。
しかもご本人、かざり職人の孫でシングルマザー家庭で最終学歴小学校。実家は牛蒡のように細いんだから実力しかない。
プロの物書き目指してる身としては、ありがたく拝聴するしかない。
まず年賀状からかな。池波先生、夏から書いてるし。